戦争被害の歴史を学び、安倍9条改憲を阻止する力にしようと、宮古市の磯鶏公民館で19日、「宮古空襲って?」の勉強会が開かれ、23人が参加しました。

宮古・下閉伊地域の戦争を記録する会(前川慧一代表)が主催。「流失した銃弾痕の鉄橋を保存する会」の伊藤幸男代表が講演しました。

市は宮古空襲(1945年7月14日、8月9日、10日の3回)で、三陸沖にきた米英航空母艦の艦載機から爆撃を受けました。爆弾投下や機銃掃射で藤原地区が全焼。多数の死傷者を出しました。

空襲体験者は「低空飛行の米軍から、機銃掃射する兵士の顔が見えた」と証言。当時小学校2年生だった女性は、「(岩泉町の)小本地区にも爆弾が投下され、多くの家が焼失するのを見て、戦争の恐ろしさを知った」と語りました。

「東京大空襲から逃れ、帰ってきた宮古市でも空襲で焼け出された」と記録する会に手記を寄せた人の体験談も紹介されました。

勉強会後、参加者らは東日本大震災津波で流失した銃弾痕が残る鉄橋を見学しました。