釜石・艦砲射撃から75年 戦災資料館の再建を 平和委など12団体、市に要請

窪田副市長(左)に要請書を提出する岩鼻会長(その右)ら

終戦直前の艦砲射撃で街が壊滅した釜石市で活動する釜石市平和委員会など11団体と、岩手・戦争を記録する会は14日、野田武則市長に対し、市艦砲戦災資料館の再建と平和行政の積極的推進を求める要請を行いました。窪田優一副市長が応対しました。

太平洋戦争の末期、東北で唯一の製鉄所があった釜石市は1945年7月14日と8月9日に米英連合軍により2度にわたる艦砲射撃を受け、働いていた朝鮮人も含め1000人以上が犠牲になりました。

平和委員会の岩鼻美奈子会長は、歴史の教訓を後世に伝える重要な拠点として市艦砲戦災資料館の開館を2004年から求めてきたと強調。▽開館(10年8月)7カ月後の大震災津波で流失した同資料館の再建▽釜石艦砲と太平洋戦争の犠牲者の追悼碑の建立、犠牲者の刻銘▽戦争遺跡の保存ーなど4項目を要望しました。

窪田副市長は「戦災を学ぶ機会は必要だ。市郷土資料館の展示品で十分とは思っていない。今後、検討していきたい」と答えました。

参加者からは「市郷土資料館を見学した児童・生徒40人のうち、艦砲の感想文を書いたのは一人だけだった。内容が不十分では」との声が出されました。

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