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せがわ貞清ブログ
  日本共産党岩手県委員会書記長、1950年2月18日生まれ、61歳。
   奥州市水沢区生まれ。水沢高校、岩手大学教育学部卒。岩手通運に勤務後、
   全日農岩手県連合会書記次長、党中部地区委員長を歴任。
2011年8月14日(日)
うれしい出会い

 8月9日、真城後援会のWさんと挨拶回りをしました。Wさんの結びつきの方々を回りました。 
 最初のお宅で、突然、相手から「この人はキノエ(私の母の名前)さんの息子です」と言われました。
 私もWさんもビックリしました。
 母の実家の親戚にあたる家が隣組にいるのだそうです。Wさんの同級生を訪問しましたが、本人は不在、おばあちゃんが応対。「うちはいつも3票です」と思いがけないお話も。
 Wさんは飛び上がるほどの喜びようです。「今日は、私だけが得した気分。楽しく、勉強になる行動でした」と感想を述べていました。

2011年8月7日(日)
岩手県の対策は遅すぎる、国の対策は無責任

 放射能汚染の影響による肉牛問題は、ついに国の出荷停止指示に発展しました。引き続き、肥育農家のみなさんを訪問する日々が続いています。
 共通している声は、「岩手県の対策は遅すぎる」ということです。全頭検査についても、宮城県や山形県はいち早く打ち出しました。岩手県の全頭検査も県内の30%だけというものでした。その発表があった日に、国の出荷停止のマスコミ報道が流されたのです。
 一方、国の出荷停止指示に基づく県の会議が開催されたようですが、補償のことも停止解除の条件などについても、まったく示されていないようです。生産者や関係団体の落胆・不安が伝わってきました。国の対策の無責任さも指摘しながら、生産者も消費者も安心できる対策を求めてがんばります。

2011年7月31日(日)
畜産農家は存亡の危機です

 放射性物質が付着した稲わらを餌として与えていた牛の肉が全国に出回ったことが大問題になっています。私は7月24日と25日に奥州市水沢区、前沢区および金ヶ崎町の肥育農家を訪問してお話を聞きました。


市農林部の話を聞く
 「まず第一に、これ程の一大事なのに国も県も市町村も農協も誰も来ない。あなた方が初めてきた」「牛肉は以前から苦しかった。所得が下がって牛肉には手が出ない。さらに食中毒事件があった。これからだと思っていたのに原発災害だ」「ともかく岩手県の対応が遅い。先の見えるメッセージを早く発するべきだ」等々です。
 7月27日、私も参加して日本共産党岩手県委員会は、放射能汚染の調査の徹底、全頭検査の実施や賠償問題などを含めた申し入れを県知事あてに行いました。
2011年7月24日(日)
原子力発電についての見識がとわれています

 「市政報告と原発を語り合うつどい」が続いています。どの会場でも、原発災害についての不安と怒りが渦巻いています。
 私は「原発からのすみやかな撤退、自然エネルギーの本格的導入を」の立場を明確にして語り続けています。

 中には「せがわさんはテレビの解説者になればいい。これまでで一番よくわかった」とか、「これまで原発の危険性の話はまったく知らされないできた。あなたが県政をめざすというのであれば、今日の話を広く伝えてください」と激励されました。
 こういう時に、県議会では、原発問題の2つの請願を民主党と自民党が採決そのものに反対し、審議未了、事実上の不採択にしました。震災のために任期延長になった県議会議員の見識が問われると言わなければなりません。採決を避けたことは不安を募らせる県民の声に背を向ける態度と言われても仕方ありません。
2011年7月17日(日)
「せがわサロン」で助かりました

 7月9日に行われた「せがわサロン」の席上、嬉しい報告がありました。
 「サロン」では、まず血圧を測ります。前回(6月11日)の血圧測定で、瀬台野のYさんは何回測っても高い結果になりまし

た。普段はほとんど高くなることはありません。しかし、最近不調を感じていたところでした。元看護師の会員から病院に行くようすすめられ、翌日、病院に行ったYさんは、お医者さんから「高血圧」と診断され、薬を出してもらいました。
 Yさんからは、「ここにきて血圧を測ってもらったことがきっかけで命びろいをしました。そうでなければ、今ごろどこかで倒れていたことになっていたでしょう。本当にありがとうございました」と感謝の言葉をいただきました。
2011年7月10日(日)
「つどい」に新たな援軍が登場

 7月3日、私の地元で「政治を語るつどい」が開かれました。地元のみなさんを中心にたくさん集まっていただきました。
 及川善男議員が「市政報告」を行い、私が「原子力発電所事故」の問題を担当しました。

 今回、私の話の援軍になってくれたのは、「パワーポイント」という「現代版幻灯機」です。詳しい説明はできませんが、パソコンを駆使した装置です。資料をつくり、操作をしてくれたのは及川善男議員。私は「活動写真」の弁士の役割だけです。みなさん、とても興味をもって話を聞いてくださいました。
 ぜひ、みなさんも「つどい」に参加して画面を見ながら、話を聞いてみてください。
2011年7月3日(日)
地域の要望が行政を動かします

 去る6月25日、前沢区生母の水害調査に向かう途中で宅地被害の大きな家がありましたので、訪問して話を聞きました。「行政からは何の援助もない」ということでした。前日、水沢区内の住民から「2回の地震でブロック塀が倒れそうだ。通学路なのでなんとかしたいが、お金がない」と訴えられました。
 6月29日、私は党市議団とともに市長に申し入れをしました。結果、検討が約束されて、近日中んみ住民の方々の要望が実現する予定です。道理ある要望は行政を動かします。私はその橋渡しの役割をこれからも果たして行きたいと思っています。

2011年6月26日(日)
「原発ゼロ」に向けて持てる力発揮すべき時

 震災から100日が経過しました。被

災地は瓦礫の風景も被災者対策も大きな変化なしに時間が経過しているようです。原発事故にいたっては収束のめどさえ立っていません。わたしは大学で宇宙物理学を専攻しましたので、原子核の問題などは少し詳しく理解できます。かつて学んだことをフル動員させながら原発問題の本質を語り続けています。「つどい」の会場では、どこでも原発廃止の方向が無理なく理解されていると感じています。
 本来、核分裂とか核融合という現象は、星の誕生や生成に関わる現象で、人類史はおろか生命の歴史にも登場したことのない現象なのです。原発廃止の運動は様々な方向から構築されるべきですが、私は、自らが学び探求してきた分野を通じて、語り続けていきたいと思います。
2011年6月19日(日)
震災3ヵ月、救援と復興、原発ゼロに向け決意新た

 震災3ヵ月目にあたる、6月11日、私は震災問題を語り合う「つどい」に招かれました。この間の、震災対策についての私と日本共産党議員団の活動と原発問題についての見解を報告し、語り合う場です。2時46分には参加者全員で黙祷をささげました。
 このつどいに突然の訪問者がありました。父親の実家が大槌町にあるという千葉県市川市の男性です。バイクでのボランティアの帰りに、黒石寺に寄って走っていたところ、日本共産党のポスターがはってあるプレハブに出会ったので、「しんぶん赤旗」の日刊紙を求めて立ち寄ったというのです。思いがけない大震災の現地報告会になりました。
 あらためて、震災の救援と復興そして原発からの撤退をめざしてがんばらなければと決意を新たにした一日でした。

2011年6月12日(日)
奥地だからと安心できない

 先輩党員のみなさんの時代からの党支持者を訪問する機会がありました。私が地区委員長のときにも訪問したことがない奥地に住んでおられました。はじめての対面でしたが、熱烈に歓迎され、激励されました。
 周りの山々の新緑の美しさに「とても良いところですね」と言いかけましたが、「だからといって安心してはいられなくなりました」と相手から切り返されました。
 農業の再生をめざすためにも原発事故は一刻も早く収束させなければなりません。
 いま最もわかりやすく問題の本質と解決の方向を示しているのは、不破哲三社会科学研究所長の「『科学の目』で原発災害を考える」というパンフレットです。ぜひご一読を。

2011年6月5日(日)
3つの太陽になって県民を守る

 5月23日早朝、珍しい自然現象に出会いました。太陽の両側に小さな太陽が光って見える「幻日」(げんじつ)という現象です。
 かつて旧満州(現在の中国東北部)ですごした方から「満州では太陽が三つ現れる」と聞いたことがあるので、「もしかしたら」と思って、急いで携帯電話に記録したのでした。
 日本共産党は延期になっている県議会議員選挙に3人の候補者を立ててその必勝をめざしています。3つの太陽になって県民の命と暮らしを守る県政にするために頑張りたいと思います。

2011年5月29日(日)
人生が変わる演説に

 震災被害が大きいと聞いていた水沢区黒石町の下柳・二渡地区において、「被災者のために手引き」の配布と対話の活動にとりくみました。
 この取り組みの中で、私の受け持ち地域ではなかったのですが、「3年前にせがわさんの事務所びらきにいって、演説を聞いたことがある。あれ以来、考えが変わった」と語ってくれた方がいたそうです。こうした話に出会う度に、1回1回の挨拶や演説を心を込めて行わなければならないと決意を新たにさせられます。そして、私の話を通じて、政治の見方、世界の見方、人の生き方が変わる転機になるとしたら、これにすぐる喜びはありません。そんな出会いを期待しながら、頑張っていこうと思います。

2011年5月22日(日)
党の顔ですね!

 盛岡での会議があった日のことです。昼食を食堂でとったあとに、会計の女性から「炊き出しのときに、たいへんお世話になりました」と言われました。「えっ」と思いましたが、なんのことかまったく理解ができませんでした。
 とりあえず「そうでしたか」と答えました。事務所に戻って聞いたところ、大震災のあと町内で被災者支援の「オークション」と「炊き出し」があったのだそうです。その催しに、党の県議会議員や市議会議員が出席をして手伝いをしたのだそうです。
 こちらは、まったくの一市民として食事をしていたのでしたが、党を知っている方々、党にお近づきになられたみなさんにとっては、こんな顔でも「党の顔」だったのですね。
 奥州の地では、もっともっとたくさんのみなさんに声をかけられる「党の顔」になれるように頑張らなければならないと決意を迫られた一幕でした。

2011年5月15日(日)
被災者が前途に展望の持てる強いメッセージを

 東日本大震災から2カ月が経ちました。私も、被災地への支援や募金活動、奥州市内の本震と余震の被害調査と市への申し入れなど、たくさんの仕事をしてきました。しかし被災者のみなさんの苦境は、市内の被災者のみなさんも含めていまも続いています。全体として、国や県・市町村が、1人ひとりの被災者のみなさんが前途に希望と展望を持っていただけるような、強いメッセージを出す必要があると思います。
 そこで思い起こすのは、昨年のチリ地震津波の被害を受けたときの中里長門陸前高田市長(当時)が発したメッセージです。
 中里市長は漁業者の要請に、「被災廃棄物の処理は全額市がもつ」こと、「養殖施設の再建には半額の援助をする」ことを即座に打ち出しました。そのことが、県と沿岸市町村の施策になり、漁業者のみなさんを励ましたのです。今度は、国や県が、そういうメッセージを発すべきです。

2011年5月1日(日)
石碑の話(続編)

 奥州市水沢区真城の瀬台野に熊野神社があります。私はこの神社の総代役員会の会長です。
 この神社の敷地に石碑群があります。今から163年前に建てられたものです。この石碑はどんな思いを込めて建てられたものでしょうか。
 調べたところ、この石碑が建てられた前の年(1847年)は、今年のように大きな地震が一年を通じて起きていた年でした。同時に、この頃は、毎年のように、干害、洪水、大暴風雨などが記録されています。この石碑はそういう自然災害を侮ってはならないという戒めを込めて建てられたものとおもわれます。

2011年4月24日(日)
災害から地域の生活を守るために既存商店街の再生を

 私はかねてより、県内の商店街が寂れていくことに心を痛めていました。そこには、雇用破壊、第一次産業や中小商工業の衰退、福祉・医療の切捨てが原因としてあるということも強調してきました。
 今回の大震災を経験してみて、この問題は今まで以上に、根本的に見直されなければならないと強くおもわされました。それは、今日に至るも、物資の流通が元に戻らないことです。従来の商店が無くなり、チェーン店だけが残りました。しかしそこには物品が無いのです。いま物品のある店は自分で商品を調達できるところです。そんな店を規制緩和政策は全く無くしてしまいました。災害から地域の生活を守るためにも、既存商店街の再生は重要な課題です。

2011年4月10日(日)
歴史の教訓に学ぶことが重要

 大震災がおこる前のことですが、よく石碑の前で街頭演説をすることがあります。それらの石碑の中に、「地神」だとか「地神塔」などと刻まれているものがあります。
 「雷神」と刻まれているものは落雷があったことを記録するものだと書いてあったと記憶しています。そこから推測すると、「地神」とか「地神塔」というのは、地震があったことを記録するためのものだとおもわれます。今度機会があったら詳しく調べてみたいと思います。こうした記録が残される必要があったのだと痛感しています。
 歴史の教訓に学ぶことが重要です。

2011年2月27日(日)
国保税は「食えば払えず、払えば食えず」の重税

 2月15日、眼科で検査を受けたため外出できず、自宅でケーブルテレビを通じて奥州議会の様子を見ていました。国民健康保険税の引き上げが提案された臨時議会です。びっくりしたことが2つありました。

 一つは、ある会派の議員が「自分は共産党員ではないが、共産党が行ったアンケートによれば、70%の市民が国民健康保険税の引き上げに反対しているようです。市長はどういう感想をもたれますか?」と質問したことです。
 もう一つは、及川善男議員の質問で私の名前が冒頭にでてきたことです。及川善男議員は、私が街頭演説の際に「国民健康保険税は、食えば払えず、払えば食えずになっている」と話をしていることを紹介し、通行人が「その通りだ」と言って通り過ぎて行ったとエピソードを取り上げ質問に入ったことです。
 高すぎる国保税、力をあわせて引き下げさせようではありませんか。
2011年3月20日(日)
世界地図で南樺太と北千島に色が塗られていないのは何故か

 各地で「つどい」を開いています。最近の目玉は世界地図を使ってのTPPの説明です。
 2月11日に地元での「つどい」がありました。そこで、「千島問題」での質問がありました。

その回答の時に、世界地図で色のぬられていないところがあるという話をしました。
 これが参加者の間で大反響を呼んでいます。「初めて知った」ということでショックが走ったようです。樺太の南半分と北千島には色が塗られていません。
 その理由は?ぜひ「つどい」に参加して聞いてください。
 コチラのページをごらんください。
2011年2月13日(日)
市田書記局長迎え、日本共産党演説会
 13日、盛岡市の県民会館で、市田忠義書記局長を迎え、日本共産党演説会が開催されました。私もあいさつしました。


2・13市田演説会での挨拶

 みなさん、こんにちは。せがわ貞清です。
 年末の12月30日に、盛岡と水沢で記者会見を行い、4月に戦われる県議選奥州選挙区に立候補することを表明しました。県民のみなさんの要求実現のために全力でがんばる決意ですのでどうぞよろしくお願いします。
 私が立候補を予定している奥州地方(胆江地方)は、岩手県を代表する穀倉地帯であると同時に、工業地帯でもあります。
 農家は、米価の大暴落のもとで今年のコメの作付けをおこなうべきか真剣に悩んでいます。そこに、TPP(環太平洋連携協定)の問題です。
 かつて牛肉・オレンジの輸入自由化が決められたときに、江刺の畜産農家が「体を張って抗議する」という遺書を残して自らの命を絶つということがありました。政治が理由で県民の命が奪われることを絶対に許すことはできません。TPP絶対阻止と農林水産業の再生のために全力を挙げます。
 工業地帯で働く労働者は、リストラ・合理化、雇止めに苦しんでいます。水沢職業安定所管内の有効求人倍率は県内最低クラスを記録し続けています。
 富士通は1130名の再配置の名による首切りを強行しました。700人が退職に追い込まれました。再就職は半分です。私の訪問活動のなかでも「富士通を退職したがまだ就職が決まっていない。」という方や家族に出合います。最後の一人まで企業が責任を持って対応することを求めていきます。富士通の敷地に乗り込んで「雇用破壊をやめよ」と要求してきたのは日本共産党だけです。
岩手県最大の誘致企業・関東自動車の正社員率は50%でした。この問題を、日本共産党の斎藤信県議は一貫して追求し、4年間で233人を正社員化してきました。県議会で、雇用の問題を一貫して取り上げているのは日本共産党だけです。引き続き、労働者派遣法の抜本改正と大企業の内部留保を雇用など社会的に還元させることを要求していきます。
 「政治が変わるかと思って民主党に投票してきたが期待はずれだった。自民党は揚げ足取りだけ。政党は国民のことを本当に考えているのか」日本共産党がおこなっている県民アンケートや私の訪問活動の中で共通して出されることばです。日本共産党の姿と政策が県民のもとに届いていない結果です。あらゆる問題で、日本共産党は改革の方針をもっていることを語り続けて頑張ります。
 県議選奥州区は定数5名の選挙区です。私を含め7人が立候補を予定しています。民主党は5名の公認候補を擁立して5議席独占を豪語しています。いまや刑事被告人となった小沢一郎氏の地元中の地元、そして小沢疑惑の舞台となった胆沢ダムのある選挙区で、こんな不名誉な結果を許すことはできません。一度で這い上がって日本共産党の県議の議席をもぎ取り、岩手県党の悲願ある県議の複数化を実現するために頑張ります。

2011年1月16日(日)
「民報おうしゅう」で私を紹介

 日本共産党奥州市委員会が発行する「民報おうしゅう<読者版>」1月16日号で、私のことが紹介されています。

2011年1月9日(日)
大門さん迎え新春のつどい

 8日、奥州市で「新春のつどい」が開かれ、160名以上を上回る参加があり、県議選勝利の上でも大きな弾みをつけることができました。
 私は、「書記長となって5年、斉藤県議と一緒に県庁に足を運び、雇用、住宅リフォームなどたくさんの要求実現に取り組んできた。要求実現の活動では(他党の)現職の県議に絶対負けるものではない。県議複数化にがんばりたい」と決意表明しました。大門みきし参院議員も夜遅くまで交流し、「とても活気と勢いのあるついどいだった」と感想を語っていました。

2011年1月4日(火)
奥州で年始の活動を開始

 奥州市で年始の活動を開始しました。
 3日、及川善男奥州市議と一緒に地元の皆さんと対話しました。4日、仕事始めの奥州市役所前で新年の決意を述べました。


 及川善男市議と

奥州市役所前で
2010年12月30日(木)
県議選奥州区からの擁立を発表

 日本共産党岩手県委員会は12月30日、来春のいっせい地方選の県議奥州区(定数5)に私、瀬川貞清書記長を擁立することと発表しました。

 民主党政権と同県政は福祉・暮らし切り捨て、簗川ダムなど大型開発を推進。わか党は県政オール与党のもと、唯一の野党として県民要求実現のため奮闘してきました。奥州区での必勝めざし、県議複数化実現はさらなる県民要求実現の大きな力になると会見で述べました。
2010年7月30日(金)
豪雨被害調査で岩手町へ
 本日、齋藤信県議と岩手町の日本共産党議員団とともに、去る7月17日、ゲリラ的な集中豪雨に見舞われた岩手町御堂の災害現場を調査しました。局部的な被害ですが、その現状は想像以上です。今から22年以上前に、黒沢川の大水害というものがありました。研究してみたいと思っています。
2010年7月12日(月)
消費税増税ストップ!公約実現に頑張ります!

 選挙戦が終わりました。県民のみなさんのあたたかいご支援とたくさんの要求、熱い激励をうけてのたたかいでした。
 

紫波町の演説会では、「デイサービスの利用料が払えないので、入浴サービスを週一回にした」おばあちゃんの話が出されました。「消費税が福祉に使われるなど、真っ赤なウソだ」と訴えられました。
 盛岡市内で、選挙カーの前を通過したおばあちゃんが、腰をかけて演説を聞いてくれました。握手を求めると「こんなにやさしい人でしたか。会えてよかった。長生きしてよかった。」と手を合わせられました。
 花巻市内でも「あなたの演説の通りです」と涙を流しながら握手してくれました。
 結果はでましたが、引き続きバッチのない国会議員として、消費税増税ストップ、後期高齢者医療制度撤廃、雇用と経済、農林漁業など、公約実現のために、がんばります。
2010年6月23日(水)
消費税大増税ストップ、普天間基地無条件撤去!さあ本番です!

 昨日、4つの政見放送の収録を終えました。「時間を守らなくては」「間違えないように」と緊張しながら、何日も練習しました。収録を終えると関係者から「よかったですよ」と声をかけられほっとしました。今日は地元奥州市での「事務所びらき」、いよいよ明日は公示です。
 民主党と自民党が消費税10%大増税を言い始め、事務所にもたくさんの声が寄せられています。
 「消費税が10%になったら店をやめなければならない」「死ねというのか」「民主党はいったい何を考えているのか」「老後が心配で夜も眠れない」など、悲痛な訴えです。
 4人家族で年間16万円の増税。生活をこわし、日本経済にとってもマイナスです。そして大企業減税とセットです。 
 消費税増税ストップへ、全力で訴えます。
 そして今日は沖縄慰霊の日でした。沖縄県民の痛みをわがこととして、普天間基地の無条件撤去をかかげてがんばります。
 さあ、いよいよ本番です。

2010年6月16日(水)
時間内に話すのは難しいのです

 6月15日は、仙台で政見放送のリハーサルがありました。
 私は1993年の衆院選旧岩手2区に立候補して以来、2度目の政見放送になります。
 私は、時間を守る(5分30秒)ことをめざしましたが、第1回目は4秒オーバー、第2回目は26秒あまり、うまくいかないものです。
 本日は事務所に戻り、早速改善の努力をしています。

2010年6月20日(日)
消費税増税 怒りをこめて告発

 参院選公示が目前です。準備の仕事も盛り沢山です。その中で街頭での宣伝にでかけてきました。
 6/19は斉藤信県議と川徳前で、6/20には高橋ちづ子

衆院議員とともに演説にたちました。
 菅内閣の誕生で一時変化した反応が、「消費税10%」方針で再び、雰囲気が変わってきた感じです。
 収入が増えないのに年間34万円もの生活費が消費税として消えていくなど、本当に許せません。ましてやそれが大企業の法人税の減税の穴埋めに使われるとなるとーー私は心から怒りをこめて告発しつづけたいと思います。
2010年6月14日(月)
いわて青年集会に参加して

 12日は、浄法寺のつどいのあと、いわて青年集会に参加しました。
 浄法寺のあとだったので、浄法寺の話を少ししました。

浄法寺の農家の方々も、盛岡で集まっている青年たちも、同じ悩みの中にあるのだと思いました。
 私は70年代に労働者の組織化にもとりくんだのですが、今のように、派遣の苦しみとか、職場がないとか、という状況では全くありませんでした。
 いまの若者をめぐる事態は自然現象じゃないんだ、と言いたいのです。派遣労働を自由化してきた政治の責任です。
 若者たちに連帯して政治を返るためにがんばりたい、と決意を新たにしています。
2010年6月13日(日)
浄法寺の農民組合のつどいであいさつ

 12日、二戸市浄法寺で、農民組合のつどいに招かれ、あいさつをしました。葉タバコ農家など27人ほどが参加していました。

 私は、価格保障と所得補償を組み合わせた日本共産党の農業政策を話しましたが、会場のみなさんからは、「葉タバコは、価格がもっとも保障されている作物。でも葉タバコの生産は減っています。」という話がされました。
 「葉タバコに代わる作物は、葉タバコのように安定したものなら、やれますか」と聞いたところ、「自分たちの代はできる。でも若者が外に出て行って浄法寺には青年がいない。次代をになう生産者はいない」と切実な訴えがされました。
 農村が破壊されている実態を切実に感じました。
 若者もお年寄りも希望をもって農村に住み、農業に従事できるような政治を本当につくらなくてはなりません。
2010年6月10日(木)
「横顔」取材

 今日は、マスコミ各社共同の「横顔」取材でした。初めてではなかったのでリラックスしてのぞめました。
 冒頭、「天文学に興味を持つようになったのはいつですか?」と聞かれました。
 実は、小学校5年生のとき、理科のテストで「これで満点がとれれば、天文博士になれる」と先生が激励してくれたのですが、そのテストで全問正解できて、好きになりました。
 また、「夢は何ですか」とも聞かれましたが、私は「時間があったら、修験の勉強をしたい」とこたえました。私の家は修験の家系ですが、今の仕事と共通するものがあると私はおもっています。なぜ、1000年もの間修験が民衆に支持されてきたのか、もう少し研究したいと思っています。
 それから、好きな食べ物はラーメンと答えました。以前に立候補したとき、「ラーメンが好きだ」と新聞に掲載されて、私が通っていた事務所近くのラーメン屋さんが「みんなで入れましたよ」と言ってくれるうれしいこともあったのです。
 さて、どんな記事になるのでしょうか。
 さあ、いよいよ決戦です。

2010年6月9日(水)
ライフワークの農業・コメ問題について

 JAいわい東の鈴木昭男代表理事組合長を訪問したときに、「倉庫に50%の米が残っている」というお話を聞きました。

 09年度産米が、ここ数年に比べ40万トンから50万トン多く在庫しており、出荷業者と米卸の取引価格は1万4千円台に暴落しています。私は、新しいわが党の農業政策を持ってJA岩手県中央会をはじめ農業団体を訪問していますが、特に、「09年産米の暴落回避に30万トン以上を緊急に買い入れる」政策は大きな共感を得ています。
 6月6日の演説会では、JA岩手中央会の長澤会長からもメッセージをいただきましたが、引き続き、農林水産業のおかれている現状を打開するために、多くのみなさんと共同して、価格保障と所得補償の充実、輸入自由化のストップで、農林水産業の再生をめざしてがんばります。

 今日は、斉藤信県議と一緒に、朝、盛岡駅前で街頭宣伝をしてきました。
2010年6月8日(火)
民主党政権と雇用問題を訴える

 雇用情勢はいっそう悪化しています。4月の有効求人倍率は全国平均0.48倍ですが、岩手は0.38倍(下から5番目)です。私の居住地である水沢管内は0.24倍です。

 金ヶ崎町の富士通の子会社である富士通マイクロエレクトロニクス岩手工場は、従業員1700人ですが、1130人の「再配置」という首切り計画を2009年2月に発表しました。すでに今年の3月末までに700人が退職に追い込まれています。さる5月31日、私は、水沢ハローワークを訪問し再就職の状況を聞きましたが1割しか決まっていないそうです。県内では最大規模の、事業主都合の解雇・人員整理となります。富士通は、6658億円の内部留保をため込んでおり、こうした大規模な首切り・人員削減の理由はありません。

 ソニー千厩テックは、870人が働いていましたが、昨年9月突然ソニー本社により工場閉鎖を発表され、12月30日、閉鎖されました。3兆5千億円を超える巨額の内部留保を09年3月期にも127億円も積み増しし、株主には配当を増やしているソニーが、さらなる利益を売るために870人の地域に根差した工場を一方的に閉鎖することは、まったく許されないことです。

 かつて、アルプス電気やアイワなどが撤退する際、会社が最後の一人まで再就職の面倒をみるようにさせた経験もありますので、最後まで雇用の確保のために全力を尽くす決意です。


 雇用問題が最大の課題となっている中で、鳩山民主党政権は「事業仕分け」にもとづいて、昨年12月25日、北上コンピューターアカデミーと盛岡、胆江、両磐、二戸の4地域職業訓練センターの廃止を通知しました。自公政権のときでさえ、「運営の改善に取り組み、一定の基準を満たすセンターは存続する」(2009年3月)とされていたものです。

 達増知事は、3月11日、細川厚生労働副大臣に要請に行きましたが、その要請内容は廃止撤回の要求を早々とおろし、「施設の無償譲渡」を求めるものでした。
 私は、北上コンピューターアカデミーや胆江地域職業訓練センターを訪問し、2月25日には、大門・紙両議員とともに厚生労働省に廃止撤回を求めて交渉をおこなってきました。その後も、両磐・二戸地域職業訓練センターを訪問し懇談をおこなってきました。国の責任を明確にし、どんな形であれこの職業訓練施設の存続のために全力をあげます。

2010年6月7日(月)
演説会で「基地問題と岩手県政」を訴える

 昨日は、穀田恵二国対委員長を招いての日本共産党演説会でした。1600人が参加しました。
 私は、普天間基地問題について訴えました。

 鳩山首相が辞任し、辞任の理由の一つとしてあげたのが普天間基地の移転問題です。しかし、政権が変



わったからといって、この問題が解決したわけではありません。
 日米共同発表では、辺野古への基地移転に加えて米軍の訓練を鹿児島県の徳之島をはじめ全国に広げるという、自公政権時代よりもひどい日米合意になっています。沖縄県民との矛盾は一層激化するでしょう。私は、基地問題の無条件撤去を目指し、引き続き頑張る決意です。


 私は、5月25日、斉藤信県議とともに副知事交渉を行いました。27日の普天間問題の全国臨時知事会議を控えていたからです。申し入れの趣旨は「普天間基地の無条件撤去を政府に求めること」と「沖縄の米軍の訓練の全国への移転には断固反対すること」でした。それというのも、琉球新報が全国の民主党県連におこなったアンケートの問いに、岩手県連が「(普天間飛行場や嘉手納飛行場の昨日や訓練の受け入れについて)前向きに検討する」と答えていたからです。
 申し入れに対し、副知事は「岩手県としては受け入れる考えはない」ことを表明しました。
 ところが、達増知事は、5月31日記者会見で「米軍基地の移転、機能の受け入れ」について問われ、「検討の段取りというのはどうすればいいのかを調査している」として受け入れに余地を残しています。
 世界一危険なものは、全国どこにも受け入れるところはありません。引き続き無条件撤去を求めて頑張る決意です。
2010年6月5日(土)
母校で後輩に思いを寄せる

 昨日は、母校岩手大学で宣伝をしてきました。
 鳩山首相の辞任問題を語りながら、普天間基地問題でも後期高齢者医療制度問題でもアメリカ・大企業に

モノ言える政治への転換が求められていることを訴えました。一緒にもっていった普天間基地のパネルにはみんな関心をもっていたようです。
 母校に行ったので高学費問題についても話しました。
 私が40年前入学したときは、入学金が1万円、授業料は月1千円でした。今は50倍です。経済的理由で大学で学べない状況は変えなくてはなりません。私は、東京大学が行っているように、親の年収が400万万円以下の学生は授業料を免除すること、奨学金はすべて無利子にし、給付制奨学金を創設することなど、日本共産党の政策を訴えました。
2010年6月4日(金)
盛岡から岩手町、八幡平市を駆ける

 昨日は、午前8時から菅原県委員長とともに県庁前で、鳩山首相の辞任についてとアメリカにも財界にもモノ言える政治への転換を訴えました。今週の赤旗日曜版を印刷したビラがどんどん受け取られていました。
 その後、玉山で2箇所、岩手町で3箇所、午後は西根3箇所、松尾2箇所、安代1箇所で街頭演説。松尾の柏木平で対話した60代の男性


  岩手町で

  八幡平市で
は「鳩山首相が辞任してよかった。自民党も民主党も嫌いだ。共産党が入った政権ができればいい。今度は伸びるチャンスではないか」と言われました。
 がんばります。
2010年6月3日(木)
鳩山首相、辞意表明

 昨日は、盛岡、矢巾、紫波を回りました。
 午前7時30分から朝立ち宣伝。庄子盛岡市議をはじめ10人の大宣伝隊でした。8時に演説を開始、10時直前に「鳩山首相の辞意表明」のニュースが入り、その問題について訴えました。
 午後は矢巾で2箇所、紫波で2箇所訴え、それぞれ数人から20人の方に聞いていただきました。
 午後7時からは、紫波町で「つどい」でした。



2010年6月2日(水)
本日、滝沢。突然暑く

 午前9時、高教組定期大会に出席。
 午後は滝沢村の桜井博義村議の地元での街頭演説です。
 柳沢の商店前に10人ほどの皆さんが集まってくださいました。


     隣は桜井村議
一言一言拍手してくださるので、ちょっと力が入ました。
 突然暑くなった天候のもとで、聞いていただき、本当に感謝です。
2010年6月1日(火)
昨日午後は奥州市でした

 昨日、午後は奥州市での活動でした。
 2時から水沢はローワークを訪問しました。奥州市議団の千田美津子さん、今野裕文さん、菅原明さんと一緒です。次長さんから、富士通など雇用情勢について詳しく説明していただきました。お話の途中で所長さんが戻られました。富士通の雇用問題は最後まで責任をもって対応するように求めてきました。
 午後3時からは私の地元での全戸訪問第2弾です。原中支部の党員と千田美津子市議と一緒です。15軒を訪問し、10軒で対話できました。「赤旗」日曜版読者が一人増えました。
 夕方には、市役所前とメープル前で街頭演説しました。
 夜は、奥州市委員会の活動交流集会に参加し、充実した一日でした。





2010年5月31日(月)
きょうは北上です

 鈴木健二郎市議とともに女性農業委員を訪問しました。「今年は冷害になるのでは」と心配していました。米の買占めや消費者米価の高騰につながるのではと心配されていました。
 1箇所街頭演説をして、北上市教育委員長を訪問しました。この方は、リフォーム業を営みながら、教育委員を3期ほどつとめられている若い方です。進出企業に頼らない地域振興について、意見が一致し、有意義な懇談でした。



2010年5月30日(日)
昨日の遠野での行動です

 午後からは遠野市での街頭演説です。小松大成市議、菊池あきら市委員長はじめ4人の方が乗り込んでの宣伝です。合計5箇所で

行いました。最初の場所で男性の方が聞いてくださいましたので、御礼に行くと「ぜひ頑張ってください」と激励されました。どの演説箇所でも熱心に聞いている人が必ずいます。
 演説の後に、夕食を兼ねた「囲む会」が計画されていました。女性後援会で準備してくれたサンマのツミレ汁とおにぎりはおいしかったです。「財源論」「抑止力論」「農業政策」などをもっと語ってほしい、「北朝鮮問題にどう対応するか」「マスコミの宣伝を上回るにはどうすべきか」なども話題になりました。約2時間の「囲む会」でしたが、有意義な懇談でした。
2010年5月29日(土)
本日は釜石!

 本日は釜石、遠野の予定です。午前10時の最初の演説から10人ほどの方が聞いてくれました。お誘いしていない方も耳を傾けてくれました。
 マイヤ前では約20人の人が聞いてくれました。
 最初から最後まで聞いてくれ、握手もして帰ってくれました。

2010年5月28日(金)
キャラバン後半 宮古から「頑張るゾ」

 本日からキャラバン後半。宮古市田老からスタートです。第一声後に握手した女性から「期待しています」と激励をうけ、「今日もがんばるぞ」と決意。
 崎尾誠市議、落合久三市議と一緒に田老漁協を訪問し、畠山康男副組合長理事と藤井充参事と懇談しました。畠山副組合長からは「六ヶ所再処理工場の本格的稼動を遅らせてほしい」、


  田老漁協で懇談

  雨の中14箇所で宣伝
藤井参事からは漁業共済をはじめたくさんの情報を教えていただきました。
 午後からは、田中尚市議も一緒に行動。あちこちで、最初から最後まで演説を聞いてくれる人がいました。商店街に入ってからも、お店の中から出てきてくれたり、路地から出てきてくれたり、さりげなく聞いてくれています。
 感謝をこめて大きく手を振ると小さく手を振り返してくれる方もいました。
 無党派の方々との接点が広がっている感じがしました。
2010年5月25日(火)
国会と現場をつなぐホットライン

 昨日は、午前9時から二戸地域職業訓練センターを訪問し、馬渕貴尋事務局長と懇談しました。久保幸男北部地区委員長、畠中泰子二戸市議といっしょです。
 懇談の予定を組んだ翌日、「しんぶん赤旗」23日付2面下段に「地域職業訓練センター 『おおむね無償で譲渡』 厚労省が高橋議員に説明」との記事が掲載さ


 職業訓練センターで

 サンドイッチマンに反響
れたので、国会議員団事務所と連絡をとりあっていました。懇談直前に高橋ちづ子衆議院議員から直接電話があり、懇談に間に合いました。国会と現場をつなぐホットラインです。
 懇談では、訓練センターの廃止は許せないことであり、今後も継続のために全力をあげるとともに、利用者に支障が生じないようにする上での要望について意見交換しました。

 街頭宣伝では、一戸町の上村さんが普天間基地問題のプラスターをサンドイッチにして、演説会場に参加しました。演説中にショッピングセンターの中に入って回ってきました。中では買い物中のおばさん達が「これ、これ」「うそつき」などといいながら指差していたそうです。
2010年5月24日(月)
鳩山首相が沖縄再訪問!

 鳩山首相が再度沖縄を訪問して「辺野古案」を表明しました。沖縄県民と国民に対する最悪の裏切りです。基地の撤去を正面からアメリカに伝えるべきなのに、それができないでいるのです。そのときに、日本共産党の志位委員長がアメリカに出かけ堂々と伝える仕事をしています。
 きょうは、二戸市、軽米町でこのことを訴えました。軽米町では20人ほどの方が集まって雨の中で聞いてくれました。商店街のみなさんも店頭に出て聞いてくれたり、二階の窓で最後まで聞いてくれたりしていました。

2010年5月23日(日)
「音が聞こえてきたので、聞きにきた」と

 23日は、午前9時から街頭演説です。市日にはたくさんのお店と買い物のお客さんが出ていましたが、一歩通りが変わると人影がありません。

それでも自転車を止めて最後まで聞いてくれた男性の方がいたので、私のリーフレットを渡したところ「もう一部ください」と言われました。
 事務所に戻ると「外には出れませんでしたが中で聞いていましたよ」という電話がありました。
 野田村では「振動病対策のときにお世話になりました。」という高齢の男性に出会いました。懐かしい顔でした。
 普代村では、女子中学生2人が正面に腰掛けて最後まで聞いて拍手をしてくれました。「バスの時間でも待っているの?」と聞いたところ「音が聞こえてきたので、聞きにきました」というのです。わざわざありがとう。
2010年5月22日(土)
きょうは久慈地区へ移動です

 22日は、大門みきし参議院議員および斉藤信県議とともに全建総連のみなさんとの懇談会に参加。
 その後は、久慈地区へ移動です。夜は女性後援会のつどいがありました。



2010年5月21日(金)
きょうは北上、そして西和賀

 きょうは、鈴木健二郎北上市議、安徳すみ子北上市議と一緒に、8時に北上駅前、8時30分北上市役所で街頭演説。
 10時には、高橋和子西和賀町議と一緒に沢内で街頭演説、午後は佐藤育雄西和賀町議と、湯田地域であいさつ・対話にとりくみました。
 こちらから声をかける前に「民主党には失望した」「おかしい世の中になった。あれをやる、これをやると言ってもやらないで済むのか?」と民主党批判のオンパレードです。失望から怒りに変わっていることがよくわかります。これらの声にこたえる政治の方向をさし示している日本共産党の理念と政策を、もっと多くの有権者に届くように、努力したいと思います。

2010年5月20日(木)
きょうは盛岡市議団と

 今日は、鈴木礼子市議、神部伸也市議、鈴木努市議と一緒に演説会のご案内と政策をもって15団体を訪問しました。
 

 連絡なしで行ったにもかかわらず、社長さんやお医者さんが仕事の最中にもかかわらず応対していただきました。
 「民主もダメだ」「結局はアメリカいいないがはっきりしてきた」というお話をされていました。
2010年5月19日(水)
今日も6団体を訪問

 今日も「党の政策」をもって各界を訪問しました。
 JAいわい東では、鈴木組合長さんが対応。「倉庫に米が半分残っている。こんなことはなかった。」「口蹄

疫も心配」「農業は単年度でやれるものではない。来年のことがわからないのは困る」と訴えられました。
 両磐地域職業訓練センターでは所長さんが対応。「厚労省方針の具体的説明がない。施設の廃止ではなく充実を望みます」と最初から最後まで一致した懇談となりました。
 社会福祉法人千厩寿慶会では理事長さんが対応。私の母親の介護のこともあり、「利用者が生きがいをもって生活してもらえることをめざしている。職員の待遇改善に努力している」との話にはいたく共感しました。
 東磐井地方森林組合、岩手県建設業協会千厩支部も訪問し、昨日に続き有意義な懇談となりました。
2010年5月18日(火)
日本共産党への新しい注目

 本日6団体を訪問し、有意義な懇談をおこないました。特に、感動したのは、森林組合との懇談です。参事さんは全国森林組合大会に参加されたそうです。志位委員長の挨拶は、よく勉強した研究しつくされた挨拶で、最も拍手が多かったと述べられていました。ドイツでは自動車産業で働く人の倍以上の人が林業で働いているということは初めて知った、と述べられました。
 日本共産党への新しい注目の広がりを感じる場面でした。

2010年5月18日(火)
地元紙に演説の記事が掲載されました。

 朝食のときにホテルの人から「昨日は陸前高田市だったのですか」と問いかけられました。「どうして知っているのですか」と聞くと「新聞に載っている」というのです。調べてみると東海新報の一面にカラーの写真がついた記事が、載っていました。朝からびっくりです。

2010年5月17日(月)
キャラバン陸前高田からスタート

 雲ひとつない完全な五月晴れの中、出発です。陸前高田市が今回のスタートです。初日は街頭演説です。
 時間が経過するごとに反応が高まっていきます。
 大船渡の最後の演説場所では熱烈な青年労働者が乗り合わせた車から「投票するぞー」の声も寄せられました。

2010年5月15日(土)
神社総代会の総会の帰り道で

 昨日、私が会長を務めている熊野神社氏子総代会の総会でした。
 議事と懇談会が無事終わり、近所同士の3人で帰ってきました。
 そのとき、後援会員で日刊紙読者のYさんが、私の隣人のEさんに「おい、日曜版ぐらい読めよ」と声をかけてくださったのです。びっくりです。何の打ち合わせもしていませんでしたので。
 Eさんも了解してくださり、
思わず「ありがとうございました」と叫んでしまいました。
 本日から中部地区入りと岩商連総会でのあいさつを含めて、県内一巡が始まりますが、幸先のよいスタートになりました。

2010年5月9日(日)
2つのつどいに参加

 午前10時30分より盛岡厨川支部による「くらしと議会報告」に参加。神部伸也盛岡市議と私が報告者。
 懇談では雇用促進住宅の要望などが出されました。
 午後1時30分からは盛岡市南部後援会の「つどい」に参加。浦川陽子元盛岡市議と私のあいさつのあと、大宮神楽の熱演を観賞。その後、所用で中座したのが残念でした。



2010年5月8日(土)
高橋ちづ子衆議院議員と宣伝、
             そして後援会のつどい

 午前10時、盛岡駅頭にて高橋ちづ子衆院議員などと緊急街頭演説。私は冒頭10分間の演説を終えて紫波町へ。演説の前に車の下で、「鳩山はダメよ。ウソツキだから。訴えなくちゃ。」という元気いっぱいの女性がさかんにアピールしていました。
 その後、紫波町古舘地域後援会の総会に参加。最初はプロジェクターを使っての活動報告。第二部で細川恵一紫波町議のあと、私があいさつしました。
 大学時代の恩師の奥さんの句集が配られたり、昔の職場の先輩にも会ったりと思いがけない出会いの連続でした。
 午後3時から盛岡地区委員会と青山方面で4箇所の街頭宣伝。
 ちょっと遠くで聞いてくれたので、走って対話。「理路整然としたわかりやすいお話で、さすが共産党と思いながら聞いていました。新聞が一日休刊になるともう世の中がわからない。朝起きたら戦争になっているのではないかと思うくらいだ。」カメラを向けると、「写真はダメよ。顔の面積が大きいからすぐバレる。頑張ってください」とうれしい激励がありました。

2010年5月7日(金)
雨の中、沖縄普天間基地問題で緊急演説

 正午、雨の中、菅原則勝県委員長、斉藤信県議とともにサンビル前で普天間基地問題での緊急街頭宣伝。演説が終わると立って聞いていた人や通行人など3人が期せずして拍手をしてくれました。
 やはり国民の最大の関心事です。

2010年5月6日(木)
ホームページの反響

 JA岩手県信連を訪問、対話。鈴木博文常務理事と高橋明裕総務企画部長に応対していただきました。高橋部長から、開口一番「ホームページを見ましたら、中央会や全農にも訪問されているのですね」といわれました。懇談のなかでは、「農業を大事にする政治にするために、自ら知恵を出していかなければならない。そのための情報交換を深めましょう」と述べました。

2010年5月3日(月)
憲法記念日の街頭演説

 憲法記念日の街頭演説を斉藤信県議や高橋和夫盛岡市議と盛岡市内3箇所で実施。観光客のみなさんからの声援が、どこでもありました。最初から最後まで熱心に聞いてくれて拍手をしてくれた女性や「もうあなた方だけが頼りよ。がんばってね、本当に頑張ってね」と念を押すように応援をしていった方もおりました。

2010年5月2日(日)
娘を訪ねて秋田へ

 高橋千鶴子衆院議員の故郷、秋田県小坂・大館方面に出かけました。とは言っても私用です。末娘が大館市の看護大学に学んでいます。「休みがとれたら、買い物や不要なものを持ち帰るのを手伝って」というのです。
 はじめて、「高速道路どこまで走っても1000円」を経験しました。しかし、車の混雑はどこまでも続き、気が休めません。サービスエリアはどこも混雑で入りませんでした。これまでのゴールデンウィークに経験したことのない車の多さです。新幹線は「がら空き」だったといいます。選挙の人気取りだけの政策にはうんざりします。何に優先して税金を使うべきかを本当に考えるべきです。

2010年5月1日(土)
2つのメーデー

 メーデー岩手県中央集会と胆江地区集会のあいさつの中で、経済政策との関連で、「商店街には人通りがまったくなくなっている」と指摘、「農林漁業の振興・再生に力を入れて地方都市の商店街に賑わいを取り戻そう」と訴えました。胆江集会の会場の水沢公園は2つの駐車場が満杯になるほどの花見客の人出でした。

2010年4月30日(金)
盛岡で後援会のつどい

 29日、2つの後援会のつどいに参加しました。
 初めは、高松・緑ヶ丘後援会「こぶしの会」の花見に参加。会場に入った瞬間「わぁ、いっぱい集まっている」と感じました。聞くところによると参加者は過去最高の65名だそうです。柏さくじさんもお元気でした。
 もう一箇所は、山岸後援会の「綱領を語るつどい」でした。講師は、渥美健三先生と私です。有意義な意見交換の後に、候補者紹介があって、なにか一言追加を」と言われました。
 「私のうちは修験の家系です。昔は私の家の井戸の水で目を洗うと目の病気が治ると近郷近在から数え切れないほどのおばあちゃんが集まってきて一夜を過ごして帰る風習がありました」と紹介しました。
 司会者から「隣に渥美先生がいるのに」と指摘されて、赤面の至りでした。

2010年4月29日(木)
林野庁から回答

 4月21日に東北6県の日本共産党が行った政府要望の回答が27日、ありました。
 要望は、紫波町の村上充議員から寄せられたもので、「地元産材を活用した公民館や駅など公共施設をつくるときに、その補助金は複数年度にわたって交付してほしい」というもの。
 交渉の当日は「直接の担当者が来ていないので後日連絡します」ということでした。
 担当者の回答は「要望の内容はまさにその通りだと思っています。鉄骨であれば、その年の4~5月に確保するということができますが、木材はそうはいきません。学校については複数年度にわたって補助がありますが、他のものは単年度主義です。これを前年度には部材費と設計費など、2年目は本体事業費の補助というものにしたいと考えています。現在は担当のところでの考えにとどまっています。概算要求が認められれば公表できるものと思います」という内容でした。

 現場で真剣に考えていることには道理があります。政府職員の中にもそれを実現するためにがんばっている人もいるのだと思いました。
 県民要求の実現のためには、日本共産党の国会議員が一人でも二人でも増えることがどうしても必要です。 
 私はそのために、がんばる決意です。

2010年4月28日(水)
中小企業政策で懇談

 27日、斉藤信県議と一緒に、穀田国対委員長を迎えての演説会(6月6日)の案内と「経済危機から国民のくらしをどう守るのかーー日本共産党の5つの提言」や「中小企業政策」を持って団体訪問をし、懇談を行いました。
 岩手県商工会連合会では、永井英治専務理事と桐田武事務局長が応対。「岩




手県内に大企業が78社進出しているが、常用雇用は11%に過ぎない」など、大企業に社会的責任があると述べました。
 岩手県商工会議所連合会では、古澤眞作専務理事が応対。「高卒未就職者支援が20人の募集に21人が応募。現在、職場体験などを行っている」ことなどを紹介しました。

 岩手県中小企業団体中央会では、平澤石郎専務理事が応対。「中小企業の活性化はぜひ必要」「高速料金の見直しは中小企業のためにはならない」と指摘しました。
 岩手県漁業協同組合連合会では、杉本功陽専務理事が応対。「チリ大地震津波被害への中里長門陸前高田市長の対応は先駆的なものだった」と強調していました。
 私は、2008年にも「経済対策提言」を持って懇談をして回りましたが、今回は、より党の政策に近い意見表明が行われている印象を受けます。現場のみなさんが真剣に考えれば考えるほど、私たちの立場と共鳴していくと強く感じました。
2010年4月27日(火)
クリスチャンの願い

 17日に盛岡市内の「つどい」に出席したときのことです。
 クリスチャンの方が参加され、DVDを視聴されているときも、私や議員の話でも、共感するところがあるとその都度拍手をされていました。
 懇談に入って、その方が、椅子の脇に起立してお話をするのです。
 「今日は、せがわさんや議員のお話を伺って
やっぱり日本共産党でなければダメだと思いました」「今度の参議院選挙で日本共産党が勝利・躍進することを心からお祈りします」と話され、そのあとに胸の前で十字をきって「アーメン」とお祈りをされました。
 幅広いたくさんの皆さんが日本共産党に期待していることを感じる「つどい」でした。

2010年4月24日(土)
退職教職員の会と松園後援会で

 24日は岩手退職教職員の会と、松園後援会のつどいに、参加し、あいさつさせていただきました。ともに20数名の参加で、今の政治

情勢から後期高齢者医療制度の問題や、労働者派遣法改正の問題などについて話しました。
 つどいでは、「地元の雇用が少なく、人が県外に行ってしまう」という話が出され、宮古での住宅リフォーム助成や陸前高田市の後継者対策など地域密着型の経済が必要、と話しました。
 大学の同級生や結婚式の仲人さんなど、なつかしい顔にも再会できたつどいでした。
2010年4月23日(金)
政府交渉の報告

 21日に東北6県の参院予定候補と一緒に政府要請に行ってきました。
 農林水産省との交渉では、「土地改良予算の削減をただちに元も戻すこと」「地元産材を利用した学校・公民館等の予算が単年度補助になっているものを見直すこと」、厚生労働省との



交渉では、「職業訓練センターおよびコンピューター・カレッジの廃止計画を撤回し、国の責任で存続をはかること」「医師不足の解消と地方病院の支援について」など、県内の自治体首長や議員から提出されていた項目について、特に力を入れて要望しました。
2010年4月16日(金)
全戸に「赤旗」購読よびかけ
 奥州市議団のすすめで、わたしの居住地での全戸訪問を行いました。個別に購読のすすめをしたことはありますが、全戸を訪問して訴えたことはありません。腹をくくって出かけました。

写真は、奥州市の千葉あつしさんとの行動です。
 最初に対話できた家で、奥さんが購読を約束してして読者になりました。それから13軒を訪問。同級生や元読者を含めて4人の読者が増えました。これまで、対象者には浮かばなかった家で「お父さんは新聞が好きだから」と奥さんが決めてくれたところもありました。
 一軒残らず訪問して、留守の家以外とは必ず対話になり、激励をうけ期待され過分のお褒めの言葉もいただいて、こんな楽しい行動はありません。その上、読者が増えるのです。とても気分のいい一日になりました。
2010年4月16日(金)
対話が大切です
4月15~16日、奥州市で、議員と支部の皆さんと一緒に、対話と党勢拡大の活動に取り組みました。2日間で、43軒と対話し日曜版の読者が9人、後援会員が4人増えました。
 千田美津子市議と水沢中央支部の皆さんは、奥州市議選で自主的に千田さんへの推薦を決めていただいた地域の全戸訪問を行っています。江刺区の千葉あつしさんは市議選で惜敗された方ですが、参院選のとりくみと4年後の雪辱を期して、ただちの党勢拡大に立ち上がっています。衣川区の菅原あきら市議も、選挙のお礼をかねて対話にとりくんでいます。
 行動の中で気づいたことがあります。相手の方は、私の顔を見たときにはキョトンとしています。ところが同行した議員・候補者の顔を確認すると、とたんに明るく輝き「おめでとうございます」とか「残念だったね」とかの会話が始まり、激励と期待の言葉が述べられます。その中で読者が増えていくのです。明るく楽しく嬉しくなる行動です。この方々とすべて対話することが本当に必要です。議員選挙の得票の合計が全国で598万票になるそうですが、この方々の協力を得られることは可能だと思いました。

2010年4月16日(金)
政治を変え、高齢者の希望の星に
 最近、ある町で「つどい」がありました。10名ぐらいの参加です。私の話と議員団の話の後に懇談になりました。
 Aさん(81歳)は、おじいちゃんの年金と合わせても月6万円の収入です。そこから介護保険料と後期高齢者医療保険料がひかれます。「屋根の修理もできない」状況です。その方には、リストラにあったお孫さんがいるのだそうです。そのお孫さんの車の経費と税金も払っているといいます。「自分らは道端の草を食べても生きていけるが、この子らはそんなこともできないだろう」と心配です。孫も「おじいちゃんとおばあちゃんが死んだら自分も生きていけない」と言っているそうです。
 私は、「こういう状況は自然現象ではありません。どの問題も、政治の貧困が引き起こしている問題です」と政治の変革を強調しました。
 別れ際に「元気をもらいました。うちに帰ったらおじいちゃんに聞かせます」と笑顔で声をかけられました。